転生前夜・白い部屋と女神さま



気がついた場所は


 髪の長い少女はあたりを見回した。
「ここはどこだろう」と眉をひそめる。
 知らない場所にいる。
 白い部屋の中だ。
 壁も床も天井も真っ白で、広さがよくわからない。
 ここには遠近感がない。
 さらに言えば、現実感もなかった。

 少女がパチンと手を叩いた。
 すこしして、小さな音が帰ってくる。
 音の反響からすると、この場所はずいぶん広いようだ。
 次に自分の体を眺めた。
 そして、「あれ?」というふうに首をかしげた。
 あちこちをやけどしていたはずなのに、どこにもそんな痕はない。
 服装も、それに髪も、もとどおりだ。
 
「気がついた?」

 銀色の髪の、背の高い女性が少女を見つめていた。
 とてもきれいな女性だ。
 若いのか、老いているのか。
 年齢の予想はつかなかった。
 時間の流れから切り離されてしまったような、独特の雰囲気。
 特に表情に、それが表れていた。
 つるりとした肌には、どこにもシワが見当たらない。

 銀髪の女性は薄い布を何枚も重ねた不思議な衣装を身にまとっていた。
 それは見るからに軽そうで、実際、風も吹いていないのに、服の裾がふわふわと漂うように揺れていた。 

 声もふわりと包みこむような、優しい声だった。
 悪いひとでは無さそうだ、と少女は判断する。
 安心しても良さそうだ。
 そんな気がする。
 少女はコクコクとうなずいて、「気がついた」と質問に答えた。

「じゃあ、ここがどこだかわかる?」

 これには首を振る。
 少女にとって、ここはただの白い部屋だ。
 どこなのかはわからない。

「そうよね。あなたね、死んだの。ここは死後の世界。正確に言うと、死後の世界に行く直前の狭間の世界ね」

 少女は「ふーん」というようにうなずいた。
 細長い手足を伸ばして、リラックスした様子だ。
 死んだことを気にするようではない。
 それはそうだ。
 あのとき少女は、体中にやけどを負っていた。
 そのうえ建物につぶされた。
 だから、当然、もう死んだはずだと思っている。
 銀髪の女性が語った、自分がもう死んだという話は、少女にとっては最初からわかりきっていることだった。

「死んだのに反応薄いのね……。最後にあなたのやったこと、見てたわよ。
 助けた女の子は無事だから、安心しなさい」

 きゅっと薄い唇を引き締めて、少女は「良かった」という風にうなずく。

「でも、なんであんなことをしたのよ。自分が死ぬかもしれないってわかってたでしょ」

 という問いに、少女が身振りを交えて答える。
 
「え? ずっと引き込もっていたから、一度、誰かの役に立ってみたかった?
 あと、アニメの主人公みたいなことしてみたかった? 今期のアニメの主人公は熱血系だったし?
 馬鹿じゃないのかしら……。あなた、それで死んじゃったのよ……」
 
「未練はない」というように、少女がキリッとした表情をしてみせる。
 形のよい眉が得意げに動いていた。
 火事が起きたのは、ちょうど1クールが終わり、特番だらけになる時期だった。
「だから、この時期に死ねば、未練はないのだ!」という少女の心の声が聞こえてくるようだった。
 銀髪の女性はため息をついた。

心配性の女神さま


「……とにかく、あなたが死んだのは想定外なの。こういうことがあると、私としても困るわけ。
 あとあと、私が誰だかわかる?」

 少女はちょっと迷って、顔を斜めにしたままちいさくうなずいた。

「いや、それ、どっちよ! ……そう、神様よ。私は生と死をつかさどる女神なの。
 とつぜんだけど、あなたは別の世界で赤ん坊として生まれ変わってもらうことになったわ。今回のことは想定外で、天国にも地獄にもあなたの行き場がないのよ。
 行くところがないから、ひとまず転生して、また赤ん坊からやり直しってこと」

 少女が首を横に振る。
 長い髪が揺れる。 

「いやなの? でも、もう決まったことなの。残念だけど諦め……って、あなた諦めはやいわね!
 コホン……説明を続けるわね。
 ただ転生してもらうだけじゃないの。あなたには特別な力をプレゼントするわ。こっちの都合で転生してもらうわけだし、最後に命がけで人助けをしたわけだし。2回目の人生なんだから、少しくらい楽してもいいわよ。
 それで、よく考えて欲しいんだけど、どんな力が……えっ? 部屋から出ないで永遠にお菓子だけを食べ続ける能力? そんなのないわよ! どういう発想よ、それ! 能力でもないでしょ! ほかには思いつかないの? もう! じゃあ、こっちで決めちゃうわよ」

 銀髪の女性が少女のおでこをつつくと、指先にぽわんと光が灯る。
 少女はまぶしいようなくすぐったいような表情で、からだをくねらせる。
 逃げようとする少女を、銀髪の女性がアイアンクローで動けなくした。
 少女はじゃれつくように、細い手足をジタバタとさせた。

「……はい、もういいわよ。これで終わり。あなた、次の人生では、なろうと思えばどんなものにでもなれる才能を持って生まれることになるわ。多少の努力は必要だけどね。じゃあ、がんばってね」

「がんばる!」というように、少女はぎゅっとこぶしをつくってみせた。
 そして、そのまま立ち去ろうとする。
 少女は裸足だったから、ペタペタという音がした。

「待ちなさい」

 ペタペタ……。
 ペタペタ?
 ペタペタペタ……ペタ?

「ちょっと! どこ行くの? どっちに行けばいいのかわからないでしょ」

 少女はあたりを見回して、コクコクと首を縦に振る。

「なんとなく雰囲気でわかるわけないじゃないの……。適当に歩いてもどこにも着かないわよ。そんなに簡単に転生できるわけないでしょ。
 ちゃんと入り口を作っておいたわ。そこの光ってるところに入ればいいか……えええ? あなた、何のためらいもなしに入るのね。ちょ、ちょっと待って、これからあなたが行く世界は前の世界とは違って、魔法が使えるわ。それから、変なタイミングで死なないでね。またややこしくなるから。あとあと、ずっと言おうと思ってたけど、あなた、声が小さいわよ……」

「はいはい」という風にコクコクとうなずきながら、少女は光の中へ消えていった。
 部屋には銀髪の女性だけが取り残された。

「うーん、あの子、大丈夫かしら……。あれだけ特別な力があれば、何でも好きなことができると思うけど……。本当に部屋から出ないでお菓子ばっかり食べたりしないわよね……。
 それに、能力よりもまず、ちゃんとしゃべれるようにしてあげたほうがよかったかしら……。声、小さすぎるわよね。あの様子じゃあ苦労するんじゃないかしら……あとあと……」

 探そうと思えば、不安の種はいくらでもみつかる。
 心配性の女神様は、少女の消えた付近を見つめて、いつまでも考え込んでいた。
スポンサーリンク

投稿サイト

小説家になろうに、猫のエッセイを投稿しています。
かわいいです。
うちのかわいいかわいい猫
このブログでも、一部を掲載しています。

アルファポリスでは、ファンタジーの連載を初めてみました。
気軽に読んでみてください。

ランキング

スポンサーリンク