うちの猫の外泊・1
うちの猫はかわいい。
夜になると決まって僕の部屋にやってくる。
僕の部屋に入るとにおいをかいで、ひととおりうろうろする。
ゆっくりとした動きで足を乗せ、慎重に雑誌の山を崩す。
カーテンのなかに誰かがいないかを確認する。
ベッドにちょっと横になり、落ち着かない様子ですぐに立ち上がる。
そして、なにかを思いついたかのようにドアの前に駆け寄る。
「開けてくださるかしら?」
という顔で僕を見つめる。
大きな瞳を僕に向けて、首を傾げてみたり、不機嫌そうに鼻をならしたりする。
この一連の流れが習慣のようになっている。
そういえばこんな冒頭の小説があったな、と思う。
――うちの猫は夏へと続く扉を探しているわけじゃあないんだろうけど。
ほうっておくとどんどん機嫌が悪くなって、僕に噛み付いたりするので、仕方なくドアを開けてやることになる。
すると、「ご苦労!」というように「ニャッ!」と鳴いて部屋を出ていく。
尻尾をぴんと立てて、ゆっくりと歩いていく。
どうするのか見ていると、1メートルも行かないうちにくるりと方向を変えて、僕の部屋へと戻ってくる。
のどをゴロゴロ鳴らしながら。
「なにがしたいんですか?」
と聞いても、部屋の中と外を行ったりきたりするばかり。
体をドアにこすり付けて、僕の足元をモデルのように優雅に歩きまわる。
これがいつまでも続く。
ためしに、ドアにはさんでしまわないように注意深く、猫が外に出た瞬間にドアを閉めてみると、
「ニャー!」
という鳴き声とともに、カリカリカリとドアを引っかく音を聞くことになる。
そのままほうっておくと、カリカリカリがドンッドンッに変わってしまう。
猫がドアに飛びついている音だ。
鳴き声も叫んでいるようなものに変わる。
これではどうしようもない。
気が済むまで部屋の中と外を行き来させるしかない。
だから、僕の部屋はいつもドアが開いている。
この猫は家の中で飼っていたのだけれど、大きくなってからは家の外にも出すようになった。
玄関のドアを開けると喜んで飛び出していく。
家の外といっても本当に近くをうろうろするだけ。
必ず日帰りで、たいていは暗くなる前に帰ってきているようだった。
一時間もしないで帰ってくることもあった。
気がつくと窓の外で座っている。
自分では開けられないから、開けてもらうのを待っているのだ。
だから、みんな安心していた。
そうして外に出すようになって、一ヶ月ほどが過ぎたころ、猫が帰ってこなくなった。
初の外泊だった。
一日。二日。三日目になっても猫は帰ってこない。
ご飯はどうしているんだろうか。
ほかの猫にいじめられていないだろうか。
寝る場所はあるんだろうか。
夜は寒くないだろうか。
事故にあってないだろうか。
もしかしたら、このまま帰ってこないんじゃないか……。
そういうことを家族は口に出さなかった。
「猫なんだから、食べ物くらい自分で見つけられるよ」
「外で遊ぶのに夢中で、帰ってこないんだよ」
「気の済むまで遊んだら、すぐに帰ってくるさ」
「野良猫はずっと外で生活してるんだから、それを考えたら三日くらい外で暮らすのなんてなんでもない」
家族は口々にそう言って、しかし全員が深刻な顔をしていた。
悪い予感を口に出すのを恐れているようだった。
うちの猫目次
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