うちの猫の外泊・2



うちの猫の外泊・2


 それから、僕は家の周りを散歩するようになった。

 耳を澄ませながら、歩く。
 首につけた鈴の音がどこかで聞こえたような気がして、立ち止まる。
 暗がりの奥に動く影を探して、「にゃー」とつぶやいてみる。

 歩きながら、さりげなく、パンパンと手を叩く。
 周囲に人がいないようなら、

「どこですかー? そろそろ家に帰りましょう」

 と大声を出す。
 そして、後ろを振り返り、ついてきているものがいないか確認する。

 そういう「散歩」だった。

 何度確認しても、うちの猫はついてきていなかった。
 家族全員が同じような「散歩」をしているらしかった。
 しかし、見つからない。

 これは本当に事故にあったんじゃないか、車に轢かれてしまったんじゃないか、と不安になった。


 少し遠くの国道へ向かった。
 側溝の中まで探したけれど、うちの猫はどこにもいない。
 動物が車に轢かれた形跡もなかった。

 これにはほっとして、でも、はやく帰ってきてほしいと思った。

 散歩の途中ですれ違う車は、睨んで威嚇することに決めた。
 うちの子がこの付近にいるかもしれないのに、と。


 十日ほどたったころに猫は突然帰ってきた。

「鳴き声がした気がする」

「鈴の音が聞こえた気がする」

 猫がいないあいだ、そんなことを言っては家の周りを確認して回ることを繰り返していたのだけれど、このときは本当に聞こえた気がした。

 外に出ると、猫がうずくまって僕を見上げていた。
 やせ細っていた。
 ひとまわりちいさくなったようだった。
 あわてて抱きかかえて、家の中につれ帰った。

 猫はガタガタと震えていて、かかえたままソファーに座ると僕のひざに爪を立ててしがみついた。

 体をまさぐり、怪我をしたところがないか確認していると、ブルルン……ブルルン……という音が聞こえてきた。
 音は次第に激しくなっていった。

 ゴヒュブルゴゴ……ゴヒュブルゴゴ……。

 それは猫がのどを鳴らしている音だった。
 いままでに聞いたこともないような特大の「ゴロゴロ」だ。
 息がうまく出来なくなるくらいの勢いで、のどを鳴らしている。

 ――そうか……。

 と思って、僕はゆっくりと猫のからだを撫でた。
 どれだけ触っても嫌がることなく、猫はじっとひざにしがみついて、のどを鳴らしていた。

 帰ってきた猫を見て、家族が集まる。

「ほらね、帰ってきたでしょ」 

「すぐに帰ってくるって思ってたからね」

「遠くまでいけるわけがないし」

 思ってもないことばかりを口にして、かわるがわる猫を撫でていた。

 猫はたいして反応をせず、ガタガタ震えたまま僕のひざにしがみついていた。
 撫でられるたびにのどを鳴らす音は大きくなっていった。
 あんまり大きいので、壊れてしまうんじゃないかと思った。

 猫がいつまでも震えているせいで、その日は遅くまで寝ることが出来なかった。


 帰ってきてからしばらくのあいだ、猫を外に出すことはなかった。

 家族のなかで、一度外で遊ぶことを覚えた猫をこのまま家の中に閉じ込めておくのはどうなのか、という問題提起があった。
 また同じようなことがあったらどうするんだ、という反論もあった。 

 どういう議論の流れがあったのか細かいところは忘れたけれど、ためしに外に出してみることになった。
 猫は喜んで走り出し、庭の半分もいかないうちに減速すると、ゴロンと地面に寝転んでしまった。

 そして、そのまま動かなくなった。
 横になったまま毛づくろいをしたりしていた。

 どうやらそれ以上遠くに行く気にはなれないようだった。

 それからは、また猫を外に出すようになった。


 最近になって、ようやくちょっとだけ遠くまで行けるようになった。

 それでもたいした距離じゃない。
 どこへ行ったんだろうと見回すと、隣の家の庭で座っていたりする。
 目の届く範囲にいることがほとんどだ。

 猫は外に出てもじっとしている。

 車や垣根の上、倉庫の中、玄関の前、いろんなところでじっとしている。
 地面におなかをつけて、スフィンクスの姿勢で固まっていることもある。

 そういうことは外に出なくてもできるんじゃないかと思う。
 猫にとっては外でやるということに意味があるのかもしれないけれど。

 僕が外から帰ると、猫は動き出す。
 足音を立てないように、そっと背後に近づいてくる。

 僕がドアに手をかけた瞬間、走りこむ。
 するりと足元を抜けて、僕よりも一歩早く、家の中へ――!

「わあ、おかえりなさい。いまのはあぶないですよ。踏んじゃいますよ」

 遅れて家に入った僕が言うと、玄関で優雅にターンをする。

 ゆっくりと歩いて、いま入ってきたばかりのドアの前に座り、僕を見つめる。
「なんでこの人すぐにドアを閉めちゃうのかしら」という表情で。

 僕が動かずにいると、

「ニャア!」

 と催促をする。
 家に帰ってきたばかりなのに、もう外に出たいようだ。

「はいはい。いま開けますからね」

 僕がドアを開くのを待ちきれないように、するりと抜け出していく。
 そこで何をするのかというと、相変わらずのスフィンクスなのだった。


 外泊から帰ってきてから、猫は前よりもドアにこだわるようになった。
 僕と一緒に家の中に入ろうとするようになった。
 ドアを開けてもらおうとする頻度も高くなった。

 もしかすると、閉じたドアを見て心配しているのかもしれないと思う。
 家の中に入れなくなるんじゃないか、また帰れなくなるんじゃないか、と。

 だから、ドアが開くことを確認するために開けさせる。
 ちゃんと帰ってこられることを確かめたくて。

 だとしたら――心配ないよと伝えたい。

 帰ってこなかったら、また家族全員で探すから。見つかるまで。

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