うちの庭の鏡もち
ストーブをつけていると、窓ガラスが白くなることがある。室内との気温差による結露現象だ。
外に出かけて確認する気にはならないけど、それを見て、
――ああ、まだ寒いんだな。
と予想することができる。
この日も窓は白くなっていた。
僕はソファーに座り、お菓子をかじりながらお正月のお笑い番組を眺めていた。それくらいしか見るテレビがないし、最近では変わってきたけれど、やはりこの時期はお休みをとっているお店がほとんどで、出かけるあてもない。
結果、毎年繰り返されている同じような光景を再現することになる。
こうして特に何をするでもなく過ごしていると、普段よりも時間がゆっくりのような気がする。
――あれ? でもなんか違いますね?
ふとそんなことを思った。
手に持ったクッキーを見て、違和感の原因がわかった。
「そういえば、この冬はミカンをあんまり食べませんでしたね。あるのはあるんですけどね」
ダンボールのなかからミカンをひとつ取り出して、うちの猫に近づける。
「うわっ……」
という表情になって、そっぽを向いてしまった。
うちの猫はミカンが嫌いらしい。
せっかく取り出したので皮を剥いて食べていると、不機嫌な顔でどこかへ行ってしまった。
「あーお、あーお」
という声が庭から聞こえてくる。
猫が争っているときの声だ。
うちの猫ではない。外には出ていないはずだ。
――こんな時期からケンカですか? 元気ですね。
と窓をぬぐって確認してみると、すぐそばに猫の顔があった。ドリフ猫だ。
「えっ?」
という顔で僕を見ている。
――ドリフ猫は勘弁してください……。新年から家を荒らされたくないですよ……。
と思っていると、トコトコトコとボスが歩いてきた。
そして、ドリフ猫に向かって、
「あーお、あーお!」
と鳴いている。
さきほどの声はボスの鳴き声だったようだ。
ドリフ猫は慌ててトコトコトコと逃げていった。
――そうそう、いいですよ。ドリフ猫はよそで遊んでくださいね。
二匹を追いかけて、ほかの窓へ移動する。どこへ行くのかの確認だ。
ドリフ猫とボスは距離を縮めることなく、同じ歩調でトコトコトコと歩いて庭の外へ消えていった。
――ケンカというよりも遊んでいるんですかね。特別仲が悪いようでもないですしね。
僕の隣にはいつのまにかうちの猫が座っていて、
「寒いのに元気ね……」
というような表情で、二匹を見送っていた。
ちょっとコンビニで買い物をして帰ってくると、玄関前にうちの猫がいた。寒そうに身を縮めている。
――そんなに寒いなら家の中にいればいいのに……。
と見ていると、ボスが僕の足元に近づいてきた。
「お出迎えですか。さっきはよくやってくれましたねー。その調子ですよ」
僕が頭を軽くポンポンと叩くと、すぐに地面に寝転がって、「もっと、もっと!」とアピールを始めた。
うちの猫はじっとそれを見つめている。
――この状況で威嚇も何もしないというのは珍しいですね。今年は仲良くすることにしたんですか?
ためしにじわじわとボスを誘導してうちの猫に近づいてみる。
駆け寄ってパンチをしたり、唸ったりすることもなく、うちの猫はただじっと座ってパチパチとまばたきをしていた。
ある距離までくると、ボスがピタッと動かなくなった。
ここから先はうちの猫のテリトリーらしい。
「もっと近くで挨拶してみましょうよ」
とボスのおしりを押すと、前足を全力で突っ張って抵抗する。
抵抗する力と後ろから押す力でボスのからだが丸くなり、そのまま地面に倒れて動かなくなった。
――かがみもちみたいになっちゃいましたね……。
ゴロゴロとのどを鳴らす音は聞こえるけれど、目を閉じて動こうとはしない。なんだか満足そうな様子だ。
こういうときのボスの気持ちはよくわからない……。
うちの猫がそろそろと歩き出して、
「何なのよ、これ……」
という顔で、ボスを避けながら玄関へ向かった。
――ああ、せっかく仲良くなるチャンスだったのに……。
僕が玄関のドアを開けて振り返ったときも、ボスはかがみもちになったままだった。
――この様子だと、仲良しになるのは時間がかかりそうですね……。
こういうことは焦っても仕方がない。
とりあえず、
――ミカンでも食べましょうか。
かがみもちになったボスの姿を思い浮かべながら、僕はそんなことを考えていた。
うちの猫目次
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