うちの近所のお庭とグアバ


うちの近所のお庭とグアバ


 夕方、うちの前でお隣の奥さんが水を撒いているところに出くわした。

「暑いわね!」

「暑いですねー」

「あのね、あなたね、こういう暑いときは水を撒くといいのよ」

「あ、知ってます! 打ち水ですよね」

「そうそう。あなたも撒いたら? 涼しくなるわよ」

 とホースを生け垣に向けながら言う。
 それもそうだなと庭へ戻ろうとしたら、引き留められた。

「ねえ、あなたドイツ語はできる?」

「ドイツ語ですか……」

 まったく触れたことがないわけではないけれど、喋れるか喋れないかで言ったら、喋れない。
 ディーダーダーディーなどとドイツ語の知識を思い出そうとしても、ほとんど何も出てこなかった。
 すっかり忘れてしまったようだ。

「うーん、できないですね」

「あのね、私、教会でドイツ語の讃美歌を歌うことになったの」

「へえ」

「でも私ドイツ語わからないでしょ。だから覚えるのが大変なの」

「あ、それならカタカナで発音書いちゃったらいいですよ。ドイツの発音ってほとんどカタカナらしいですし」

「そうそう、それでカタカナ書いてるんだけど、楽譜に書くと字がちっちゃくなるじゃない。読みにくいのよ」

「うーん、なるほど」

 そうなると手詰まりな気がする。
 何か覚えるのにいい方法はあるかな、と考えていると、お隣の奥さんが一本の木を指差して、

「これ、グアバ!」

 と言った。

「えっ? グアバ? 聞いたことありますよ? これがグアバなんですか!?」

「そう。グアバ。実がなってるでしょ」

 よく見ると、親指くらいの大きさの緑色の、ポンカンのような形の実がいくつかなっている。

 ――これがグアバなんだ。

 と眺めていると、トコトコとシマシマシッポが歩いてきた。
 お隣の奥さんの足元で、ゴロリと横になる。
 僕と奥さんを見上げて、シッポをピクピク動かしていた。

「ふふ、かわいいわねー」

「そうですねー!」

「この子本当に人懐っこくて、飼い猫みたい。あ、そうそう、グアバなんだけど」

 と庭の片隅の植木鉢コーナーへすんずん歩いていく。
 とりあえず僕もあとを追いかけることにした。
 シマシマシッポも一緒についてきている。

「これもグアバ。植木鉢に入れて育ててるのよ」

「へえー」

 お隣の奥さんの前には植木鉢に入った小さな苗があった。
 僕の腰くらいの大きさだ。
 これには実がついていない。

 僕と奥さんが立ち止まったので、シマシマシッポも一緒になって立ち止まった。
 その様子がなんだか人間じみていて、可笑しくて、ふたりで顔を見合わせて笑ってしまった。
 シマシマシッポは「いろんな植木があるなあ」という顔で見回しながら庭の奥へと歩いていく。

「ふふ、それでグアバなんだけど、あら、おたくの猫ちゃん」

 見ると、うちの猫がシッポをピンと立てながら歩いてくるところだった。
 お隣の奥さんの足元で「ニャッ、ニャッ、ニャー!」と鳴き、僕の足元でも「ニャー! ニャー!」と鳴いてしきりに何かを訴えかけている。
 足元を何度も行ったり来たりしていた。
 うちの猫にしては珍しい行動だ。

「えっ、どうしたんですか?」

「ニャー!」

「ご飯ですか?」

「ニャー!」

「さっきの子を探してるんじゃないの?」

 そう言われると、「あの子、どこいったの? こっちに来たはずなのに! 来たのを見てるわよね!」と訴えかけているように思えてきた。

 ――シマシマシッポは……あれ? ついさっきまでそこにいたのに、シマシマシッポはどこに行ったんでしょう?

 と見回すと、植木鉢の影から顔を半分だけのぞかせていた。
 こっそりうちの猫の様子をうかがっている。
 うちの猫は気づかないのか、足元で「ニャーニャー」と騒いでいる。
 見守っていると、不意にピタリと動きを止めた。
 シマシマシッポのいる植木鉢を見つめている。
 
「あっ、気づいたわね」

 シマシマシッポは植木鉢の影からでると、ふわりと飛び上がって、庭の塀を乗り越えた。
 うちの猫もバタバタと追いかけていく。

「ふふ、猫は元気ねー」

「そうですねー」

 うちの猫はバテ気味な雰囲気だったけど、それでも必死に追いかけている。

 ――普段はこうやって遊んでたんですね。

 よその庭で遊んでいるうちの猫の姿は新鮮だった。
 仲良くしているようで、良かったなと思う。

「そうそう、それでグアバなんだけど、これ持っていっていいわよ」

「えっ、いいんですか?」

「うん。まだ小さいから実はつかないけど、育てたら実がなるようになるから」

「えー頑張って育てますね。ありがとうございます!」

「ふふ、枯らさないでね」

 ということで、グアバの鉢植えを持って帰ることになった。

 ――そういえば、グアバってどうやって食べるんでしょう。

 チョコレートに入っているイメージしかないな、と考えながら自宅へ戻ると、玄関の前にはぐったり疲れた様子のうちの猫が寝そべっていた。

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